2007年02月14日
ヒンギスってすごいっ!!
私がテニスを始めた時、既にヒンギスは引退(!?)しており、そのプレーを見ることなく私は育った。
唯一、ヒンギスのプレーを垣間見たのは、
2003年全仏の決勝のビデオの中。
過去の好対戦のダイジェスト版の
「ヒンギスVSグラフ」の一戦だった。
映像の中で印象に残っているのは、
ヒンギスがネットに手をかけうなだれているシーンと、
観客のウェーブを見上げるグラフ、
そして、泣きながらお母さんに抱きかかえられるようにして退場するヒンギスの姿。
ああ、負けちゃったから泣いちゃってるんだ・・・・よっぽど悔しかったんだなあ。
と事情をなあんも知らない私は只単純にそう思っていた。
確かに悔しいには違いなかった。
実はこの一戦、とってもいわくつきの一戦だったのだ。
詳しくはこちらでどうぞ!
↓テニスのお寺 電脳網庭球寺
(2004年11月の記事だけど、すごくヒンギスが詳しく書かれていて勉強になりました。)
マルチナ・ヒンギス 当時、若干19歳。
たったの19歳の女の子が、
あの大きな舞台で観客ほとんどを敵に回して戦うことは、
どんなにか辛かったろうに・・・。(;_・)
まあ、全仏の決勝にあがるということ自体、
既に実際の年齢以上の精神年齢にはなっているのかもしれないけど。
話を元に戻すと、
そのヒンギスが戻ってくると聞いても、
その魅力を知らない私には、関係なし。
「へえ~そうなん。・・・・・( ̄  ̄)」
って感じで完全に興味なし。
それが、
東レの決勝戦を子供たちと見ていた私は、
!Σ( ̄□ ̄;)
「すごい・・・この人」と大ショック!
おかしなことに、それは試合の内容ではなく、インタビュー。
エナンのインタビューならまだしも、大抵はすぐにチャンネルを回してしまうのだけど、その日はなぜかぼーっと見ていた。
英語がわからんちんの人なもので、
イバノビッチのスピーチの間、
「話なげ~、これじゃ通訳の人覚えてられないジャン。途中で切ってあげればいいのに・・・」とか、
東レの会長(社長?)さまと並んでの写真撮影のときも、
「頭一個違う・・・イバノビッチって実は超背高いんだ~」
などとおよそテニスとは全然関係のないところに焦点が当たってる始末。
そこへ、笑顔のヒンギスが現われ、
多くの人への感謝の言葉を言ったあと、語った言葉・・・・
それは・・・
えっと・・・
えっと・・・・・(^ー^;)
・・・・・・わ・忘れちゃった。(-^〇^-)
(^◇^ ;) ほほほほ・・・きれいさっぱり。
何を~~!
ここまでひっぱといてそれはないだろう!
ですよね・・。
大丈夫!
肝心なことは覚えてます。
「ああ、この人の戻ってきた理由って、
このためでもあったんだ~」
と、心の底から感動したこと。
かっこよく言えば、ヒンギスの、テニスに対する情熱というか・・。
私を超えていけ~~!という愛というか・・。
一度は、選手としてラケットを置いたはずのヒンギスが
あえて、苦しいフィットネスが必要な選手の道になぜ舞い戻ってきたか・・・・。
なんで楽しいだけでは済まされない道を選んだのか・・・・。
それはもうさんざ語りつくされたんだろうけど、
何せ私はヒンギスに興味がなかったので、その理由をよく知らない。
でも、自分のためだけに戻ってきたわけじゃないことだけは、はっきりと感じた。
「テニスの振興のために・・・」
確かそういう言葉を通訳の人は使っていた。
引退した後、世界各地のテニスのイベントに積極的に出てきたそうだけど、
往年(まだそこまでの年じゃないですね。失礼しました)のプレーヤーのエキジビジョンマッチのヒンギスを見るのと、
選手としてのヒンギスの多彩なプレーを見るのと、どっちが観客は見たいだろう~?
彼女はよくわかっているんじゃないかと思う。
自分が、とても、影響力があることを。
そして、それを、自分のテニスだけじゃなく、
これからのテニスの世界に活かせるってことを。
意識するとしないとに関わらず。
お蝶夫人は、練習してくれるたびに恐縮する私に
こんなことを言ってくれた。
「練習はどんなレベルの人とやっても練習になるのよ・・・
でも試合は、できれば上のレベルの人とやったほうがいいわね」
打って打って打つことしかできない私が、
おじさま、おばさまたちに相手してもらうと、いとも簡単に、
「!Σ( ̄ロ ̄lll)げげっ!そこからそこに打つわけですか~~!」
と予想外の事態が起きる。
初心者チームが相手だと、絶対に打たれないコース。
私の予測外のパターン。
でも、一回経験するごとに私の遺伝子に組み込まれ、
次からの予測範囲に入っていく。
私はそうやって、クラブのおじさま、おばさまたちに育てていただいた。
ヒンギスと対戦することも同じような臭いを感じる。
打って打って打ちまくる若い世代のプレーヤーが、
パッシングショットが来るかと思いきや、
ヒンギスにす~っといとも簡単に絶妙なロブをあげられる。
「きゃ~ロブだ~~~~!・・・入ってる
しかもぎりぎり。まじで~~~」
と思いながらも、遺伝子に、その情報が組み込まれる。
ヒンギスの話を聞きながら、私は、
「エースをねらえ」のお蝶夫人が、
自分の全ての技をひろみに教えるために、
試合の中で、わざわざしなくていいショットまで使って、
全力でひろみと戦うシーン・・・それを思い出した。
「私を超えて大きくなりなさい!ひろみ」
あ~~すてきだわ、お蝶夫人ってば。
まあ、そこまでじゃないにしても、
とってもヒンギスの笑顔からは愛情を感じるのであります。
引き出しをたくさん持ったヒンギス・・・
今のテニスの中ではもしかしたら年寄りくさいかもしれないけど、
「心技体」揃ったみんなのお手本のような気がするのは私だけでしょうか・・・。
インタビューを聞いて、そんな風に感じて、
ヒンギスがこれからどんな風に若手の選手を料理するのか、
すごく楽しみになりました。\(o⌒∇⌒o)/
まじめに書きすぎちゃった・・。
本当は、もっと早くにアップするつもりだったのに・・
なんと、投稿ボタンを押した途端、365のホームに戻りやがって、私の2時間の努力は水の泡と消えてしまったのです!ひどすぎる・・・・(。>A<。)え~ん
かわいそうな私に愛のクリックをお願い!
っていうか、365さん、時間でいちいちログインしなきゃならないのなんとかしてください!お願い!
唯一、ヒンギスのプレーを垣間見たのは、
2003年全仏の決勝のビデオの中。
過去の好対戦のダイジェスト版の
「ヒンギスVSグラフ」の一戦だった。
映像の中で印象に残っているのは、
ヒンギスがネットに手をかけうなだれているシーンと、
観客のウェーブを見上げるグラフ、
そして、泣きながらお母さんに抱きかかえられるようにして退場するヒンギスの姿。
ああ、負けちゃったから泣いちゃってるんだ・・・・よっぽど悔しかったんだなあ。
と事情をなあんも知らない私は只単純にそう思っていた。
確かに悔しいには違いなかった。
実はこの一戦、とってもいわくつきの一戦だったのだ。
詳しくはこちらでどうぞ!
↓テニスのお寺 電脳網庭球寺
(2004年11月の記事だけど、すごくヒンギスが詳しく書かれていて勉強になりました。)
マルチナ・ヒンギス 当時、若干19歳。
たったの19歳の女の子が、
あの大きな舞台で観客ほとんどを敵に回して戦うことは、
どんなにか辛かったろうに・・・。(;_・)
まあ、全仏の決勝にあがるということ自体、
既に実際の年齢以上の精神年齢にはなっているのかもしれないけど。
話を元に戻すと、
そのヒンギスが戻ってくると聞いても、
その魅力を知らない私には、関係なし。
「へえ~そうなん。・・・・・( ̄  ̄)」
って感じで完全に興味なし。
それが、
東レの決勝戦を子供たちと見ていた私は、
!Σ( ̄□ ̄;)
「すごい・・・この人」と大ショック!
おかしなことに、それは試合の内容ではなく、インタビュー。
エナンのインタビューならまだしも、大抵はすぐにチャンネルを回してしまうのだけど、その日はなぜかぼーっと見ていた。
英語がわからんちんの人なもので、
イバノビッチのスピーチの間、
「話なげ~、これじゃ通訳の人覚えてられないジャン。途中で切ってあげればいいのに・・・」とか、
東レの会長(社長?)さまと並んでの写真撮影のときも、
「頭一個違う・・・イバノビッチって実は超背高いんだ~」
などとおよそテニスとは全然関係のないところに焦点が当たってる始末。
そこへ、笑顔のヒンギスが現われ、
多くの人への感謝の言葉を言ったあと、語った言葉・・・・
それは・・・
えっと・・・
えっと・・・・・(^ー^;)
・・・・・・わ・忘れちゃった。(-^〇^-)
(^◇^ ;) ほほほほ・・・きれいさっぱり。
何を~~!
ここまでひっぱといてそれはないだろう!
ですよね・・。
大丈夫!
肝心なことは覚えてます。
「ああ、この人の戻ってきた理由って、
このためでもあったんだ~」
と、心の底から感動したこと。
かっこよく言えば、ヒンギスの、テニスに対する情熱というか・・。
私を超えていけ~~!という愛というか・・。
一度は、選手としてラケットを置いたはずのヒンギスが
あえて、苦しいフィットネスが必要な選手の道になぜ舞い戻ってきたか・・・・。
なんで楽しいだけでは済まされない道を選んだのか・・・・。
それはもうさんざ語りつくされたんだろうけど、
何せ私はヒンギスに興味がなかったので、その理由をよく知らない。
でも、自分のためだけに戻ってきたわけじゃないことだけは、はっきりと感じた。
「テニスの振興のために・・・」
確かそういう言葉を通訳の人は使っていた。
引退した後、世界各地のテニスのイベントに積極的に出てきたそうだけど、
往年(まだそこまでの年じゃないですね。失礼しました)のプレーヤーのエキジビジョンマッチのヒンギスを見るのと、
選手としてのヒンギスの多彩なプレーを見るのと、どっちが観客は見たいだろう~?
彼女はよくわかっているんじゃないかと思う。
自分が、とても、影響力があることを。
そして、それを、自分のテニスだけじゃなく、
これからのテニスの世界に活かせるってことを。
意識するとしないとに関わらず。
お蝶夫人は、練習してくれるたびに恐縮する私に
こんなことを言ってくれた。
「練習はどんなレベルの人とやっても練習になるのよ・・・
でも試合は、できれば上のレベルの人とやったほうがいいわね」
打って打って打つことしかできない私が、
おじさま、おばさまたちに相手してもらうと、いとも簡単に、
「!Σ( ̄ロ ̄lll)げげっ!そこからそこに打つわけですか~~!」
と予想外の事態が起きる。
初心者チームが相手だと、絶対に打たれないコース。
私の予測外のパターン。
でも、一回経験するごとに私の遺伝子に組み込まれ、
次からの予測範囲に入っていく。
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ヒンギスと対戦することも同じような臭いを感じる。
打って打って打ちまくる若い世代のプレーヤーが、
パッシングショットが来るかと思いきや、
ヒンギスにす~っといとも簡単に絶妙なロブをあげられる。
「きゃ~ロブだ~~~~!・・・入ってる
しかもぎりぎり。まじで~~~」
と思いながらも、遺伝子に、その情報が組み込まれる。
ヒンギスの話を聞きながら、私は、
「エースをねらえ」のお蝶夫人が、
自分の全ての技をひろみに教えるために、
試合の中で、わざわざしなくていいショットまで使って、
全力でひろみと戦うシーン・・・それを思い出した。
「私を超えて大きくなりなさい!ひろみ」
あ~~すてきだわ、お蝶夫人ってば。
まあ、そこまでじゃないにしても、
とってもヒンギスの笑顔からは愛情を感じるのであります。
引き出しをたくさん持ったヒンギス・・・
今のテニスの中ではもしかしたら年寄りくさいかもしれないけど、
「心技体」揃ったみんなのお手本のような気がするのは私だけでしょうか・・・。
インタビューを聞いて、そんな風に感じて、
ヒンギスがこれからどんな風に若手の選手を料理するのか、
すごく楽しみになりました。\(o⌒∇⌒o)/
まじめに書きすぎちゃった・・。
本当は、もっと早くにアップするつもりだったのに・・
なんと、投稿ボタンを押した途端、365のホームに戻りやがって、私の2時間の努力は水の泡と消えてしまったのです!ひどすぎる・・・・(。>A<。)え~ん
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