2008年03月07日
実るほど頭をたれる稲穂かな
おやじっちと話をして、
少しは気が晴れたものの・・・・
私の中には、本当は、まだ、ここでは語っていない不安があった。
それは・・・・・・・
おやじっちが、去年の秋くらいから何回か言っていた、
「実るほど頭をたれる稲穂かな・・・」
だった。
ここだけの話・・・・
実は、私は独身時代は、かなり高慢ちきだった
お金にも恋愛にも恵まれ、かなり自由な生活をしていた。
少なくとも今の2、3倍の収入はあったし、
海外へ年に2、3回は行ってたし、
おいしいものを食べさせてもらい、
いつもあまり財布の中身を気にせず買い物をしていた
(ちぇっ( ¬^¬ )タイムボカンに乗って、あの頃の私に
「遊んでばかりいんと、少しはその金、私にまわさんか」って言いにいければなあ!!)
ここで私の昔の所業を書いたら、
誰もが「いやなやつ」って思うくらい
人を気にせず、生きてた。
私を嫌いな人がいたって別に平気~
だって、私を本当に理解してくれて、好きな人が何人かいてくれれば、どうでもいい人にどう思われたって平気だも~ん
みんなに好かれようなんて、あほくさ。
・・・・そのくらい、自分中心、わがまま、気ままだった。
まあ、基本的には、あまり変わってないといううわさもあるのだけれど・・・・(;¬∀¬)ハハハ…
テニスを始めてまだ2ヶ月程度のとき、
おやじっちに、
「女子連の人たちは、みんなボランティアなんだよ。
ありがたいって思わなきゃ」
って言われたとき、
「そりゃ、ありがたいとは思うけど、
そうやって、感謝を要求するのは変だと思う。
そういうのは、そう思わなきゃって思って思うものじゃなくて、自然にわきあがるものじゃないの?
そういう風に強制されるの、私、好きじゃない」
って、そのときはまだ生徒とコーチだったにもかかわらず、
おやじっちに対し、平然とあまのじゃくぶりを発揮し、
他のレッスン生が
「ひょぇ~~~っ!Σ(~ロ~;)!!
ひ、ひろみってば、おやじっちコーチに向かって、
あんなこと言ってる~~~~!!」
と、かなりひやひやしてたらしいけど・・・。
そんな、超だめだめだった私が、
クラブに入り、
サーブは入らないレシーブは返らない
ゲームとなれば、他の3人は私の人身御供
なのに、おじさま、おばさまがたは、
いやな顔ひとつせず、
変わるがわる私の相手をしてくれ・・・・・
ミスをしても、
またまたミスをしても、
またまたまたまたミスをしても、
相手をしてもらうことことで、
私は、次第に、
「感謝をすること」を体で覚えていった。
仕事で忙しくて、夕方しかクラブに行けないときでも、
主様は、帰らずにずっと待っててくれ、
暗くなりボールが見えなくなるまで相手をしてくれた。
お蝶婦人は、全くラリーにならない頃から、
「練習は誰とやっても練習になるんだから」と、
いつもいつも私を誘ってくれ、
どんなに私がミスをしても、私のフォームを褒めてくれ、
妹のようにかわいがってくれた。
南さんは、私がたとえどんなにミスをしたって、私の打ったボールを一度も否定することなく、
「思い通りにやりなさい、その分はカバーするから」
って口では言わなくても、その態度で教えてくれ、
粘るとはどういうことか、集中するとはどういうことか見本を見せてくれた。
お母さんは、
わけへだてなく一人一人の人に声をかけ、
いくつになっても少しもあきらめることのない不屈の精神や、
テニスを心から愛する気持ちを身をもって教えてくれた。
あすかさんは、私がどんなにしょぼいゲームをしても、
「ひろみちゃんは、打ったほうがいい」
と、私自身が自分を見失うことがあっても、いつだって励まして応援してくれた。
原さんは、
「全くあそこであんなに打たなくても・・・・(¬_¬)」
と言葉では言いつつも、ず~っと、その裏側には愛情を感じた。
ダンディー平野さんは、
「ゆうべ寝る前にふと思ったんだけど、ひろみちゃんのサーブのさ立つポジションが・・・・」
と、朝一番で電話をくれ、
真剣に私がどうしたら上手になるか考えてくれる。
そして、最後になるが、まこさんは、
いつだって、どんな人が相手でも、いやな顔ひとつせず相手をされ、
微塵も偉ぶることないその態度には、私もいつか、こんな風になりたいと思わせてくれ、
テニスをするだけでなく、
テニスの合間の、ふとしたお茶の時間とかに、
いろいろな人がひょいっと言ってくれた言葉が、
私にとっては、宝石のようだったo(@^◇^@)o。
そりゃ、いいことばかりあったわけじゃないっす
誰とも打てず、サーブの練習だけで帰ってくることもあったし、
初心者チームが入ってくる前の一年くらいはゲームなんか、ほとんど入れんかった
それでも、やめずに通っていたのは
おやじっちから、
「クラブは実力主義だからそれが当たり前」
と教わっていたので、レベルが違う私がゲームに入れなくてもなんの不思議も、不公平もなく、至極当然のことなんだと思っていた。
そんなことよりも、たまに入れてもらえた時は、たとえようもなく、嬉しくて、ありがたくて、
家に帰ってきて、
「今日は、ゲームしてもらったのぅ!!」
っておやじっちに報告するのがものすごく楽しみで、
「よかったね~」
と言ってもらえることも楽しみだった。
そうやって、私は、
おやじっちと、クラブの人たちに、
少しずつ、少しずつ、育ててもらった。
そのときの私には、
全日本なんて、遥かとお~~~い世界のお話で、
「いつか、クラブの人たちと、ゲームらしいゲームができるようになりたい」
それだけが、
私のささやかな目標であり、夢だった。
時が流れ、気づくといつのまにか、
ゲームらしいゲームもできるようになり、
全日本を目指すようになり、
自分でもまあまあ思い通りのテニスができるようになってくればくるほど、
自分は「まだまだだ」とブレーキをかけるようになっていた。
なんでかというと、
三つ子の魂百までも・・・じゃないけど、
もともとが高慢ちきで、感謝知らずの私だったから、
ふとした瞬間に、
元の自分が出てくるんじゃないかって、ものすごく不安だったからである。
そんな矢先に、おやじっちが言ってくれたのが、
「実るほど頭をたれる稲穂かな・・・」だった。
上手になればなるほど、謙虚でいることを忘れるんじゃないよ。
これからは、もっともっと気をつけないとね。
でないと、簡単に落とされるよ
おやじっちの言葉は、超、身にしみた・・・・。
もとが「高慢ちき」「わがまま」出身なだけに。
多分、私が一番、気をつけなければいけないところだと感じた。
「私」という「豚」は
昔から、おだてられれば、
(*`▽´*) お~っほっほっほ
と、木どころか、天までも昇っていったから・・・
だから、
みんなが褒めてくれれば、くれるほど、
「そのまんま受け取ってはいかん。私は、まだまだなんや」と
自分で自分に何度も言っていた。
そうやって、
すぐにいい気になろうとする私を封じ込めようとしていた・・・・。
だからこそ、おじさまに言われた一言は
確かにショックだったけれど、
反面、心のどこかで、
「これは、警告なんじゃなねえ?」とも思っていた。
みんなに褒められて、どっか、いい気になってたんじゃないの?
「結構いけるようになったなあ」
ってちょっとは満足してたんじゃない?
上級組の方たちに混じって、まあまあ自分の思うとおりの試合ができた時、
「こっちかな」と予測したところにおもしろいようにボールが来るとき、
今までできなかったことができるようになったとき・・・
よくよく考えれば、
そう思う瞬間が、ないとは言い切れなかった
でも、
もし、おじさまの言葉が警告だったとしても、
それにしても、ひどすぎるもん・・・・
私がいつか上手なったとしても、絶対にあんなこと人に言ったりしないんだから。
と、おじさまへの、ぶ~~~っという気持ちは消えなかった私だったが、
午前組のあるおばさまと話す機会があり・・・・
多分、おじさまにショックな言葉を言われた数日後のこと。
もう何年もクラブに通ってるし、
何度も顔をあわせてはいるのに、ゆっくりと話をしたのは、そのときが初めてだった。
おばさまは、私に
「ず~っとね、あなたのフォームは、本当にきれいだと思って見てたのよ。
ああして打てばいいのね、って思うんだけど、私にはなかなか・・・・
本当に、あなたのフォームは、いいわ。」
15分くらいおばさまと話をしたが、
その間、おばさまは、
「あなたのフォームは本当にきれい、すばらしい」
と、私のフォームを褒めて褒めて、
またまた褒めて、褒めちぎってくれた。
まるで、お経を唱えるように、
何回も何回も何回も・・・・
それこそ、もういいですから・・・というほど褒めてくれた。
お世辞ではなく、
何度も、何度も、何度も繰り返し、
心から言ってくれたおばさまの言葉は、
おじさまに言われた言葉のショックから立ち直れてなかった私の心の奥底まで、さ~~~っとしみわたっていった。
天まで上るどころじゃない。
永遠と褒めてくれる、おばさまの言葉を聞きながら、
「ああ、これを聞くために、
おじさまのあの言葉があったんかなあ・・・・」
そう感じていた。
ありがたさでいっぱいで、
涙が出そうだった。
挨拶をかわす程度で話をしことなかったおばさまなのに、
その日に限って、ゆっくり話をして、
「おばさまはあの事件を知ってるんじゃないのだろうか?」と思うほど、おじさまとは正反対の言葉を言ってくれ、
単なる偶然と思うにはあまりにもできすぎてる感じがした。
謙虚じゃなくなることを恐れ、
おごることを怖がり、
ずっとブレーキをかけていた
「自信」
おばさまの言葉が
そのストッパーをはずしてくれたようだった。
誰かといちいち比べて、へこむ必要もない。
おじさまを見返してやる必要もない。
自分をひけらかす必要もない。
高慢ちきになる必要もない。
私は、私でいいんだ。
あられもなく、人前で泣いてしまうほど
ショッキングな出来事の次には、
こんなプレゼントが用意されてたんだ・・・・。
おじさまの言葉がなかったら、
おばさまからの言葉は、私にとっては、
単なる褒め言葉の嵐で終わってた気がする
もしかしたら、宇宙まで飛んでいって帰ってこなかったかもしれない
地獄からのプレゼントは、
もともともらうはずだった天からのプレゼントを、
天からのプレゼントなんだと気づかせてくれるための
ただの前置き・・・・だったんけ?
そう思えたら、おじさまから言われた言葉は
完全に過去のものになった。
それから、
一ヶ月がたち・・・・・
どうなったかは、
次回ということで・・・・
きゃ~~~~!
いてぃごさん、お願い!
はりせんだけは許して!
ゆとびっちちゃん、そこで、座布団持ってるのは何?
もしかして私に投げようとしとるんけ?
わかってます!
すぐに書きますから!
いいこにして待っててちょ
いっぱいぽちっとありがとう(@^∇^@)
やっぱ、お願いしてみるもんだにゃ~。
だから、今日もお願いしちゃおう・・・
続きは、長くないので今晩、がんばるから
どっっか~んと押してくり!!
少しは気が晴れたものの・・・・
私の中には、本当は、まだ、ここでは語っていない不安があった。
それは・・・・・・・
おやじっちが、去年の秋くらいから何回か言っていた、
「実るほど頭をたれる稲穂かな・・・」
だった。
ここだけの話・・・・
実は、私は独身時代は、かなり高慢ちきだった
お金にも恋愛にも恵まれ、かなり自由な生活をしていた。
少なくとも今の2、3倍の収入はあったし、
海外へ年に2、3回は行ってたし、
おいしいものを食べさせてもらい、
いつもあまり財布の中身を気にせず買い物をしていた
(ちぇっ( ¬^¬ )タイムボカンに乗って、あの頃の私に
「遊んでばかりいんと、少しはその金、私にまわさんか」って言いにいければなあ!!)
ここで私の昔の所業を書いたら、
誰もが「いやなやつ」って思うくらい
人を気にせず、生きてた。
私を嫌いな人がいたって別に平気~
だって、私を本当に理解してくれて、好きな人が何人かいてくれれば、どうでもいい人にどう思われたって平気だも~ん
みんなに好かれようなんて、あほくさ。
・・・・そのくらい、自分中心、わがまま、気ままだった。
まあ、基本的には、あまり変わってないといううわさもあるのだけれど・・・・(;¬∀¬)ハハハ…
テニスを始めてまだ2ヶ月程度のとき、
おやじっちに、
「女子連の人たちは、みんなボランティアなんだよ。
ありがたいって思わなきゃ」
って言われたとき、
「そりゃ、ありがたいとは思うけど、
そうやって、感謝を要求するのは変だと思う。
そういうのは、そう思わなきゃって思って思うものじゃなくて、自然にわきあがるものじゃないの?
そういう風に強制されるの、私、好きじゃない」
って、そのときはまだ生徒とコーチだったにもかかわらず、
おやじっちに対し、平然とあまのじゃくぶりを発揮し、
他のレッスン生が
「ひょぇ~~~っ!Σ(~ロ~;)!!
ひ、ひろみってば、おやじっちコーチに向かって、
あんなこと言ってる~~~~!!」
と、かなりひやひやしてたらしいけど・・・。
そんな、超だめだめだった私が、
クラブに入り、
サーブは入らないレシーブは返らない
ゲームとなれば、他の3人は私の人身御供
なのに、おじさま、おばさまがたは、
いやな顔ひとつせず、
変わるがわる私の相手をしてくれ・・・・・
ミスをしても、
またまたミスをしても、
またまたまたまたミスをしても、
相手をしてもらうことことで、
私は、次第に、
「感謝をすること」を体で覚えていった。
仕事で忙しくて、夕方しかクラブに行けないときでも、
主様は、帰らずにずっと待っててくれ、
暗くなりボールが見えなくなるまで相手をしてくれた。
お蝶婦人は、全くラリーにならない頃から、
「練習は誰とやっても練習になるんだから」と、
いつもいつも私を誘ってくれ、
どんなに私がミスをしても、私のフォームを褒めてくれ、
妹のようにかわいがってくれた。
南さんは、私がたとえどんなにミスをしたって、私の打ったボールを一度も否定することなく、
「思い通りにやりなさい、その分はカバーするから」
って口では言わなくても、その態度で教えてくれ、
粘るとはどういうことか、集中するとはどういうことか見本を見せてくれた。
お母さんは、
わけへだてなく一人一人の人に声をかけ、
いくつになっても少しもあきらめることのない不屈の精神や、
テニスを心から愛する気持ちを身をもって教えてくれた。
あすかさんは、私がどんなにしょぼいゲームをしても、
「ひろみちゃんは、打ったほうがいい」
と、私自身が自分を見失うことがあっても、いつだって励まして応援してくれた。
原さんは、
「全くあそこであんなに打たなくても・・・・(¬_¬)」
と言葉では言いつつも、ず~っと、その裏側には愛情を感じた。
ダンディー平野さんは、
「ゆうべ寝る前にふと思ったんだけど、ひろみちゃんのサーブのさ立つポジションが・・・・」
と、朝一番で電話をくれ、
真剣に私がどうしたら上手になるか考えてくれる。
そして、最後になるが、まこさんは、
いつだって、どんな人が相手でも、いやな顔ひとつせず相手をされ、
微塵も偉ぶることないその態度には、私もいつか、こんな風になりたいと思わせてくれ、
テニスをするだけでなく、
テニスの合間の、ふとしたお茶の時間とかに、
いろいろな人がひょいっと言ってくれた言葉が、
私にとっては、宝石のようだったo(@^◇^@)o。
そりゃ、いいことばかりあったわけじゃないっす
誰とも打てず、サーブの練習だけで帰ってくることもあったし、
初心者チームが入ってくる前の一年くらいはゲームなんか、ほとんど入れんかった
それでも、やめずに通っていたのは
おやじっちから、
「クラブは実力主義だからそれが当たり前」
と教わっていたので、レベルが違う私がゲームに入れなくてもなんの不思議も、不公平もなく、至極当然のことなんだと思っていた。
そんなことよりも、たまに入れてもらえた時は、たとえようもなく、嬉しくて、ありがたくて、
家に帰ってきて、
「今日は、ゲームしてもらったのぅ!!」
っておやじっちに報告するのがものすごく楽しみで、
「よかったね~」
と言ってもらえることも楽しみだった。
そうやって、私は、
おやじっちと、クラブの人たちに、
少しずつ、少しずつ、育ててもらった。
そのときの私には、
全日本なんて、遥かとお~~~い世界のお話で、
「いつか、クラブの人たちと、ゲームらしいゲームができるようになりたい」
それだけが、
私のささやかな目標であり、夢だった。
時が流れ、気づくといつのまにか、
ゲームらしいゲームもできるようになり、
全日本を目指すようになり、
自分でもまあまあ思い通りのテニスができるようになってくればくるほど、
自分は「まだまだだ」とブレーキをかけるようになっていた。
なんでかというと、
三つ子の魂百までも・・・じゃないけど、
もともとが高慢ちきで、感謝知らずの私だったから、
ふとした瞬間に、
元の自分が出てくるんじゃないかって、ものすごく不安だったからである。
そんな矢先に、おやじっちが言ってくれたのが、
「実るほど頭をたれる稲穂かな・・・」だった。
上手になればなるほど、謙虚でいることを忘れるんじゃないよ。
これからは、もっともっと気をつけないとね。
でないと、簡単に落とされるよ
おやじっちの言葉は、超、身にしみた・・・・。
もとが「高慢ちき」「わがまま」出身なだけに。
多分、私が一番、気をつけなければいけないところだと感じた。
「私」という「豚」は
昔から、おだてられれば、
(*`▽´*) お~っほっほっほ
と、木どころか、天までも昇っていったから・・・
だから、
みんなが褒めてくれれば、くれるほど、
「そのまんま受け取ってはいかん。私は、まだまだなんや」と
自分で自分に何度も言っていた。
そうやって、
すぐにいい気になろうとする私を封じ込めようとしていた・・・・。
だからこそ、おじさまに言われた一言は
確かにショックだったけれど、
反面、心のどこかで、
「これは、警告なんじゃなねえ?」とも思っていた。
みんなに褒められて、どっか、いい気になってたんじゃないの?
「結構いけるようになったなあ」
ってちょっとは満足してたんじゃない?
上級組の方たちに混じって、まあまあ自分の思うとおりの試合ができた時、
「こっちかな」と予測したところにおもしろいようにボールが来るとき、
今までできなかったことができるようになったとき・・・
よくよく考えれば、
そう思う瞬間が、ないとは言い切れなかった
でも、
もし、おじさまの言葉が警告だったとしても、
それにしても、ひどすぎるもん・・・・
私がいつか上手なったとしても、絶対にあんなこと人に言ったりしないんだから。
と、おじさまへの、ぶ~~~っという気持ちは消えなかった私だったが、
午前組のあるおばさまと話す機会があり・・・・
多分、おじさまにショックな言葉を言われた数日後のこと。
もう何年もクラブに通ってるし、
何度も顔をあわせてはいるのに、ゆっくりと話をしたのは、そのときが初めてだった。
おばさまは、私に
「ず~っとね、あなたのフォームは、本当にきれいだと思って見てたのよ。
ああして打てばいいのね、って思うんだけど、私にはなかなか・・・・
本当に、あなたのフォームは、いいわ。」
15分くらいおばさまと話をしたが、
その間、おばさまは、
「あなたのフォームは本当にきれい、すばらしい」
と、私のフォームを褒めて褒めて、
またまた褒めて、褒めちぎってくれた。
まるで、お経を唱えるように、
何回も何回も何回も・・・・
それこそ、もういいですから・・・というほど褒めてくれた。
お世辞ではなく、
何度も、何度も、何度も繰り返し、
心から言ってくれたおばさまの言葉は、
おじさまに言われた言葉のショックから立ち直れてなかった私の心の奥底まで、さ~~~っとしみわたっていった。
天まで上るどころじゃない。
永遠と褒めてくれる、おばさまの言葉を聞きながら、
「ああ、これを聞くために、
おじさまのあの言葉があったんかなあ・・・・」
そう感じていた。
ありがたさでいっぱいで、
涙が出そうだった。
挨拶をかわす程度で話をしことなかったおばさまなのに、
その日に限って、ゆっくり話をして、
「おばさまはあの事件を知ってるんじゃないのだろうか?」と思うほど、おじさまとは正反対の言葉を言ってくれ、
単なる偶然と思うにはあまりにもできすぎてる感じがした。
謙虚じゃなくなることを恐れ、
おごることを怖がり、
ずっとブレーキをかけていた
「自信」
おばさまの言葉が
そのストッパーをはずしてくれたようだった。
誰かといちいち比べて、へこむ必要もない。
おじさまを見返してやる必要もない。
自分をひけらかす必要もない。
高慢ちきになる必要もない。
私は、私でいいんだ。
あられもなく、人前で泣いてしまうほど
ショッキングな出来事の次には、
こんなプレゼントが用意されてたんだ・・・・。
おじさまの言葉がなかったら、
おばさまからの言葉は、私にとっては、
単なる褒め言葉の嵐で終わってた気がする
もしかしたら、宇宙まで飛んでいって帰ってこなかったかもしれない
地獄からのプレゼントは、
もともともらうはずだった天からのプレゼントを、
天からのプレゼントなんだと気づかせてくれるための
ただの前置き・・・・だったんけ?
そう思えたら、おじさまから言われた言葉は
完全に過去のものになった。
それから、
一ヶ月がたち・・・・・
どうなったかは、
次回ということで・・・・
きゃ~~~~!
いてぃごさん、お願い!
はりせんだけは許して!
ゆとびっちちゃん、そこで、座布団持ってるのは何?
もしかして私に投げようとしとるんけ?
わかってます!
すぐに書きますから!
いいこにして待っててちょ
いっぱいぽちっとありがとう(@^∇^@)
やっぱ、お願いしてみるもんだにゃ~。
だから、今日もお願いしちゃおう・・・
続きは、長くないので今晩、がんばるから
どっっか~んと押してくり!!
「ゆとびっちちゃん、そこで、座布団持ってるのは何?」
まじでびびった!
はりせん持ってる手がぷるぷる震えてますよー
「人間も箸とおんなじ、最後に出てくるもんは塗り重ねられたもん
一生懸命生きておったら悩んだ事も落ち込んだ事も綺麗な模様になって出てくる
お前のなりたいもんになれる。。。」byちりとてちん
すべての事がみんなええテニスプレーヤーになるための経験や。。。
そして素敵な人達に出会えた事がエナンさんにとって財産ですね。
ああ、よかったわ。先に行っておいて(^ー^;)
本当は最後まで一気に書きたかったんだけどね、まださらに長くなりそうだったから、・・・例のごとく、ごめんちゃい。すぐ、か、書きます。愛してるから、いいこで待っててね~。
やっぱり、いてぃごさんもそう思いましたか!!そうなんです!
ああ、そのせりふ・・・・おじいちゃんのその言葉、本当に本当に素敵ですね。
まあ、これはちりとてちんを見てる人にしか伝わらない話なんでしょうけど、みんなに見てもらいたいなあ。今世紀最高のドラマですよね。
本当に、過ぎてみれば、どんなつらいことだって、今のためのものだって思える・・・・・不思議ですね。
私にとっては、いてぃごさんとここで会えたのも、財産です。
たとえ、その手に、はりせん持って構えられてたとしても・・・・(; ̄^ ̄)
「地獄からのプレゼント」からのお話は、いつも以上に凝視状態で読ませていただいています。
今回の『お世辞ではなく、何度何度も・・・』のくだりでは、(不覚にも)私まで目頭が熱くなってしまいました。 3月7日 ひらゆう
私までHappyな気持ちになりました(*´д`*)
いやー、次回が気になります!!!
なんか、こんな素敵なお話を
聞かせてくれてありがとう。
そして、すごく素敵な人たちですね。
その、エナンさんの貰った言葉の
宝石、大切にしてください^^
って私に言えることじゃないですが・・・(苦笑)
続き・・・気になるぞぉ~~~~~^^
いつも、ありがとう!!
プレゼントを、プレゼントと気づくか気づかないかは、ものすごい差が出るんだなあと最近はひしひしと感じるの。そういう意味では、きっとひらゆうさんは、感じるほうの人のような気がする・・。当たってるでしょ?
私は、実は、内心ドッキドキだったのですよ・・・・
だって、高慢ちきだった頃のことを暴露して、みんな、ぷんって思っちゃうかも~~って。
自分の昔の恥をさらさずには、どうしてもこの記事は書けなかったし・・・。
素敵な人たち・・・本当にそう思いまする。
モリヲさんも、周りを見渡したら、いるでしょう?素敵な人が♪
ありがとう・・・だなんて、照れるなあ。(〃∇〃)
こちらこそ、いつも読んでくれてありがとう!
クラブの先輩の話は、たくさんあるのに、ここで語り尽くせてないのが残念。
どんどん書かないと、忘れてしまいそうで、怖い。っていうか、もったいない。
続きも読んだら、ぜひぜひ感想おせ~てね。まあ、またも続きになっちまったのだけど(;^_^A